昨年・一昨年とは違って、今年は既に事務所を移していたので賑やかさ(?)は少しマシだった今年のメーデー。自分が被雇用者という立場から経営者という立場になってからというもの、メーデーの度に「雇用」や「仕事」という事について思いを巡らす事が多いです。
…が、今年は違和感を感じまくり。昨年の派遣切り問題あたりからそうなのですが、やっぱり「雇用」に関する今のメッセージには大きな違和感を感じるのです。例えばこんな記事。
メーデー:雇用問題一色に 東京で中央集会
全労連は、東京都渋谷区の代々木公園で中央メーデーを開催、3万6000人(主催者発表)が参加した。会場には「なくせ失業と貧困」「大企業は内部留保を使って雇用を守れ」などのスローガンが並んだ。大黒議長は「メーデーを契機に貧困と失業をなくし、暮らしの向上と平和を求める闘いをいっそう発展させよう」と呼びかけた。
こういう記事で「そうだそうだ、企業は雇用を守るべきだ、終身雇用だ!」という賛同の声が集まりそうですが、ちょっと待てと。僕も被雇用者の立場でしたから気持ちは分からないでもないのですけど、本当に自分から半径1mしか見えていない視野狭窄しまくってる考え方だという事に気付いた方が良いんでは…思う訳ですね。
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内部留保を崩せば一時的な雇用維持は確かに達成できるでしょう。…ですが、その一方で原資を削る訳ですから将来への布石を打てずに成長機会を逸して企業の「継続性」は危ぶまれます。いわゆるジリ貧状態。じゃぁその時はもっと延命する為に銀行から金を借りれば良い…なんて都合の良いようにはいきません。成長戦略を描けない企業に、人件費名目だけでお金を貸してくれる程銀行は甘くありません。
時間的視野狭窄。目下を支える事を「義務」を盾に要求してその義務が果たされたとしても、結局同じ状況がもっと悪い形(どう考えても会社は潰れるといったような被雇用者にもっと分かり易い形)で訪れるだけだと思うのです。その時、まだ「雇用を守れ」と言い続けるのでしょうか。
そしてもう一つ。
雇用維持に原資を回したとしますよね。でもどこかでしわ寄せを吸収しようとする力学が経済的に必ず働きますから、外注先への値下げ強要が始まったり、仕入れ先への支払いサイトが長期化したり、他の同僚が職を失ったりする訳です。その結果、ひょっとしたら外注先が潰れるかも知れないし、仕入れ先は雇用を縮小するかも知れません。同じ境遇を別の人が経験する事になるだけです。
空間的視野狭窄。短期間で権益を無理から維持しようと思えばどこかに絶対しわ寄せが来るものです。結局、ゼロサムゲームなんですよね。投資の世界と一緒。デイトレードで良い思いをしている人の裏には必ず損害を被ってる人がいる訳ですから。平たく言えば「自分さえ良ければ良い」論理でしょうか。それで良いんでしょうか。
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確かに企業には「雇用」を維持する責任・義務があります。でも、その責任や義務の完全なる遂行と永続的な達成を期待&要求するだけ….という受け身の生き方が維持できなくなっている事に早く気が付くべきだと思います。(もちろん、その完遂と達成を企業は絶対に怠るべきではない)
100年に一度の危機が訪れたと言われる「今」を一時的に又は他の何かを犠牲にして生き延びたとして、同じ危機が100年間来ないと誰が保証出来るでしょう?10年後にまた同じ事、いやもっと酷い事が起こらないと誰が保証出来るのでしょうか。その時は今よりももっと強く、義務や責任を盾に誰かに何かを要求したり犠牲を強いたりするのでしょうか?
あのトヨタが赤字計上する時代です。世界に名だたる大企業をもってしても守ろうとしていたものが突如として守れなくなるような経済力学が働く時代です。それはつまり、義務や責任が生活の安全を完全保証する訳ではない時代になってるという事だと思うんですよね。
これからの時代、被雇用者にはリスクヘッジが、雇用者には被雇用者のリスクヘッジをアシストするという仕組み作りが、それぞれに新たな義務/責任としてが発生しようとしているんじゃないでしょうか。
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だから。
僕は、一人一人がその人でしか産み出せない代替困難な経済価値を産み出す力を身につけていくしかないんじゃないかと思ってます。勉強して学習して、今日の自分が産み出せなかった経済価値を明日の自分が生み出せるようになってる…、時間軸と共に成長するそんな毎日を繰り返す事こそが経済的価値を確実に得る為の生きる知恵だろうし、唯一リスク軽減出来る手段なんじゃないかと思います。要求するばかりではなく…ですね。成長が産み出す経済価値は絶対的存在ですし、経済価値を生み出す人を世の中は放っておきませんから。
その一方で雇用者である企業は、被雇用者が成長できる場を、もっと大げさに言えば万が一会社が潰れてたとしても雇用者が他の企業で又は自力でやっていけるようになれるような成長機会の場を提供することを最大の関心事にすべきだと思います。採用にあたっては、自社の成長はもちろんの事、新たな従業員となる方の成長も考えなくちゃならないでしょうし、結果的にそれが一番双方にとって幸せだと思います。
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これからの時代、魅力のある企業と評される為の指標は、「給料」でも「福利厚生」でも「(かりそめの)安定」でもなく、被雇用者が成長する器として相応しいかどうかという点が最重要視されるのではないかと思います。今、楽に魚を食べられる事よりも、将来楽しく魚を取り続けられる事の方が価値があるからです。
「雇用」ってもう一度両者ともに色々考え直すべき時代に来てるんじゃないでしょうか。「成長」の付随しない「雇用」こそが雇用者にとっても被雇用者にとっても最大のリスクでしょう。 義務や責任ばかりを要求するメッセージに、こんな事を考えてみたりしている今日この頃です。